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大野直子 VS 桝野正博                                                                                                      離反と融合をくりかえす、一枚の詩と、一篇の詩。
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      湖 底     



    行き場のない思いが
    わたしの裂け目に湖をつくる
    藻が
    神経のようにふるえている湖だ
    複雑に気持ちが屈折して
    透明度はない
    ユズリハの影
    ことばになるまでの時間
    みにくい泥
    無音
    が沈殿している

    ときどき石を投げ込んでは
    深さを聴く

















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アンテナ
 そうだね。この写真のナツメはきっとアンテナなんだよ。ランディさんの一連の小説を読んでいると、見えるこの世と見えないどこかのふたつの世界があたり前にあって、ほとんどの人は見えないものを無視しているか感じていないんだと、思ってしまう。でも木は違うんだ。ほんとうに交信しているんだと思う。試しに朝早く木に寄り添ってごらんよ。手頃な気になる木にそっと抱きついて、耳を当ててみるとね、閉じた目にも、静かな身体の中にも、なにか感じるものがときどきあるから。アンテナの木が受信したものか、そんなことぼくにはわからないけれど、見えない波がこの世を交錯していることに気づけるようないい時間です。なおこの裡なる湖は、まるで七色に変化する八重山の川平湾みたいだ。ぼくのはいつも濁っている。ただそれに気づいていれば、湖は穏やかでいてくれるからありがたい。
<マ> 2008/02/23(Sat)11:48:07 edit
みずうみ
わたしの中にはたしかに湖があるように思います。その時々によって透明度のクルクル変わる湖です。ある時は奥入瀬渓谷みたいに澄んでいたり、ある時はヘドロが堆積していて、ほんとに覗くのが怖いような醜い湖だったり、ある時は沼のように暗く重い湖だったりします。でもどれもしずかなしずかな湖。岸辺にたたずんでは、今日の湖をどうすることもできず、呆然と見つめている自分がいます。いつも美しく穏やかな湖面を見ていたいのにね。なかなかそうはいかなくて。困ったもんです。今は、藻がへにょにょんとそよぎはじめた柔らかい湖です。それにしてもこの写真、不思議。見るたびに印象が違います。震えているように見えたり、交信したがっているように見えたり…。おもしろい。
<な> 2008/02/23(Sat)00:20:53 edit
濁った湖
 透明度の高い珊瑚の海に潜るとき、そこが初めてのスポットだったりするとゾクッとするほどの緊張感が身体いっぱいに広がったものだ。生物は海から生まれたと聞いているのに、現代に生きるぼくはなんとも情けない存在だ。これが湖となるとどうだろうかと、想像してみた。濁った能登の海の岸辺近くを潜るだけで、前が見えない不気味さにたじろいでしまったことがある。見えない、ということこそ、恐怖なのかもしれない。見えないから安心していられる人間でもあるだろうが。だから、もしもぼくが濁った湖に潜るなら、きっとかなりな勇気が必要になる。そう言えば、ぼくの裂け目にもありそうな湖は、潜るどころかのぞき込むことさえ躊躇する。今はまだ。
<マ> 2008/02/22(Fri)15:25:46 edit
踊る
 ナツメは、初夏に芽を出す。夏芽だから、棗。まばらな棘が、風もないのに踊っているのかと思った。寒くてナツメも震えているのか。
<マ> 2008/02/18(Mon)19:02:40 edit
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